理系大学生だが、文系理系について考えてみる。

雑記

 大学の思想論の授業で先生が言っていた次の文が印象に残っている。

理系も文系もイノベーションにつながる。理系科目は世界をイノベーションすることができる。文系科目は自己をイノベーションすることができる。

 私は高校の時から理系人間だった。数学と物理ばかり勉強して、国語や社会はからっきしダメだった。今では理系の学科で大学生をしているが、大学で自分から文系の文献などを読むようになってようやく文系科目の必要性、もちろん理系科目の必要性が見えてきた気がする。この文系理系について思うことをまとめていきたいと思う。

 ちなみに高校生の文系理系の進路判断についてとかではないのを先に断っておきます。参考にはなると思いますが。

 

理系科目

 STEMという言葉をご存知だろうか。Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとったもので、2000年代に始まった米国の教育モデルのことである(ちなみにStemは英語で幹を意味する)。

 その中のテクノロジーの重要性について考えるにあたり、落合陽一さんの著書「日本再興戦略」から序文を引用する。

 人間存在や国家ビジョンなどの我々のアイデンティティに関わる分野を聖域的にとらえ、それからすればテクノロジーを些細な一分野であるような見方をする人々もいます。しかしながら、我々はテクノロジーによって知を外在化し、生活を拡張し、人間存在それ自体の自己認識を更新し続けてきたのです。
 テクノロジーという人の営みが生んだ文化を見直し、テクノロジーが刷新する人間性や文化的価値観を考慮することは、これからの人の営みにおいて不可欠であり、自然の中から生まれた人間存在は、人間が生み出したテクノロジーによる新たな自然を構成することで自らの存在や定義という殻を破り、更新されうると僕は考えています。

  今や人間の文化にテクノロジーやそれを支える理学などについての知識は必要不可欠のものであるということを強く表す文だと私は解釈している。もちろん高度なテクノロジーはブラックボックス化して魔法のように使うしかないという意見や、人間は自分の専門性を高め、人類の集合知を高める動きが大切だという考え方も理解している。しかし、この現代の社会で理系科目を軽視して生きていくという選択肢を取る理由は見つからないのではないだろうか。

 間違いなく、先生が言ったように理系科目(STEM)は世界をイノベーションしていく。

 

文系科目

 歴史、経済、哲学、商学とキリがないほど様々ある文系科目だが、今回は大学受験で勉強するであろう文系科目の範囲を例に出そうと思う。これら文系科目は自己のイノベーションにつながる科目であることを論じたい。

 例えば、歴史を学ぶからこそ、過ちについて理解できるし、成功のための普遍の法則を見つかることにつながる。哲学、思想といった形而上学は人間についての究極的な問いについて、自分ひとりで考えたり経験することよりも、圧倒的に深く考えることができる。これらは自己のイノベーションとなる。

 これらは理系科目による知識のように直接お金に結び付くようなものではない。もっと抽象度の高いことを学んでいるのだと思っている。要するに、これらの知識をそのままお金にすることはできないが(そもそもお金に換算するというのが具体的すぎるが)、その知識によって自分が変わり、間接的に良い方向に向かうことができるのではと私は考えている。この点がよく理系の文系批判に使われる、文系科目は役に立たない(お金にならない)というものにつながる。

 

 ここからは教育学についても、文系科目についても素人の自分の意見だが、この文系科目への誤解は高校までの学校教育にあると思っている。ただ「論語」を読んで訳すことが勉強になるのだろうか。ただ歴史上の人物の名前や出来事を覚えることに何の意味があるのだろうか。おそらく理系の高校生ならこれらの疑問は抱いたことがあるだろう。そうではなく、「論語」から学ぶ人生観や価値観が大切なのであり、歴史上の出来事から今の経営や選択に応用できる考え方を学ぶのが大切なのだと少なくとも私は考えている。

 高校の時に古典の成績で2をつけられた私が、今となって「論語」をはじめとする東洋思想に興味を持ち勉強をしたのは、ただ高校の時は古典の真価について気づくことができなかったからだ。とても悲しく思う。

 そして計算能力と同様に大事だと思うのは、読解力だ。これはAIにはできないことだといわれる技能でもあり、学問をする上で最も基礎となることだと思う。

 以上より、文系科目は自己の基盤を固める上で必要不可欠だと考えている。

 

文理を分離する日本

 結局は理系科目も文系科目も絶対に必要なものだ。というか、文系科目と理系科目を区別してどちらかに分かれていくというのがおかしい。そもそも、この二つの区分に入らないが立派な科目だってあるはずだ(芸術とか)。

 このような分離があるから日本ではSTEMを全く理解しない大学生、社会人が生まれてしまうし、専門性はあるが、浅い思考や考え方しか持たない大学生、社会人が生まれてしまう。

 だから私は、自分の武器となり、価値となる専門性(大学で学んでいる情報学)を高めるために努力することと、人間や生き方、幸せなど人間の究極的な問いについて考え抜き思考を深め、自己をイノベーションし続けることの両立を図ることを意識している。

 もしかしたら、この世に不必要な学問などないのかもしれない。(深そうで浅い言葉)

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