マルティプル・リアリティについて

雑記

マルティプル・リアリティとは

 マルティプル・リアリティとは、複数のリアリティが現実を作っているという概念です。もっと具体的には、物事を見る時に自分の視点の他にもAさんの視点、Bさんの視点・・・と様々な視点からものを見ると違った見え方がするというものです。この概念を使われた有名な話が「羅生門」であり、文化人類学的には、マルティプル・リアリティを考慮したインタビュー手法を羅生門式手法と呼ぶことがあります(羅生門とは、あるテーマを複数の人の視点からとらえた作品)。

 人間の視点というのは必ず偏ったものになります。代表的なものがエスノセントリズム(自民族中心主義)です。例えば日本人の多くが虫を食べるとなると強い抵抗を覚えますが、アフリカの民族では主食として食べられているところもあるというように、人間は自国の文化を中心に物事を見てしまいます。

 マルティプル・リアリティがあるとすると、今見ているものの姿というのは必ずしも正しいとは言えなくなってしまいます。ではどのようなことが大切になってくるのでしょうか。

 

マルティプル・リアリティを意識する

 自分が見えているものや考えていることは必ず正しいと断言することはできないと私は考えています(デカルトの方法序説のように、考えまくれば見つかるのかもしれないですが)。しかし、だからといって自分の考えが否定されるわけではないはずです。大事なことはマルティプル・リアリティを意識することだと思います。自分の考えや見方というのはたくさんあるうちの一つであると考えることができるかで正解に近づけるかどうかが大きく変わります。

 

統計学的に考えると

 私が読書を大切だと思う理由がここにあります。よく言われるのが、読書は他人の視点から見たものを学ぶことができるというものですが、まさに第三者の視点を持つということにつながります。では、いくつの視点を持てばいいのかという問題になりますが、結論から言うと、いくつの視点を持っても神のみが知ることがあると思います。

 しかし、統計学的に考えて、判断材料のサンプルが多いか少ないかでは多い方が神のみが知る正解に近づけることは理学的に証明されています。例えば、生まれてこの方聖書しか読んだことがなくてキリスト教を信じる者(Aさん)と、Aさんと同じくらい聖書を読んだことがあり、かつコーランを読んでイスラム教についても学び、進化論も学んで、結果無神論者の人(Bさん)の二人がいたとしたら、客観的にみてBさんが正しいことは明らかだと思います。

 要するに、様々な視点を考慮した結果の判断は正しい可能性が高くなることには異論はないと思います

 

大切な事は

 今までの話をまとめると「広い視点を持つことは大切だよ」となると思います。こんな簡単なことですが、自分がAさんのようになっていないかもう一度マルティプル・リアリティについてい考えてみることをお勧めします。

 日本の公務員である学校の先生から教えられてきたこと、国に指定された教科書で高3まで勉強してきたことは本当に正しいですか?自分が学ぶものや学ぶ分野を数ある中から自分で選んで学んできましたか?マルティプル・リアリティを意識しないと、知らず知らずのうちに偏った視点に陥ってしまうかもしれませんね。

 

 

 

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